それは夏も終わろうとしていた季節の頃
私がいつもの落葉の草原で散歩中の時だった
シクシク・・・
シクシク・・・
「え?」
子供のような泣き声に気づき
なんだろうと首を傾げながらそこに近寄ると
肩まで伸びた黒髪に、真っ赤な木綿の服を着た
小さな女の子がうずくまっていた
「どうしたの?大丈夫」
そう声をかけるも
女の子は泣いてばかりいた
落葉の草原という場所を考えると
もしかしたらお父さんお母さんとはぐれたのかもしれない
そっと抱き寄せようと近寄ったその時だった
女の子の姿はすっと消え
なぜかそこにはまるで骸でできているかのような大きな盾が落ちていた
禍々しい見た目からして、どこか曰く付きの盾なのかもしれないとは思ったが
私は消えた女の子と、何かしらの繋がりがあるのではと考え
そっとその盾を手に取り、持ち帰ることにした
違和感を感じたのは自宅についてすぐのことだった
後ろから人の気配を何度も感じるのだ
振り返ると誰もいないのに
私が正面を向いているとすぐ後ろにピタリと張り付くように
誰かがそこにいる、そんな気配がそこにはあった
「なんか怖い・・・」
不気味な感覚を拭えないまま
いつの間にか夜になり
私はそっと眠りについた
どれほど時間が経ったのだろう
私は誰もいないはずの部屋に響く物音で目が覚めた
ガサガサ
ガサガサ
明らかに何かが動いた音がしたのだ
誰かというほうが自然なのかもしれない
私は深呼吸をして
眠ったふりをしながら僅かに片目を開けた
何かがいた
得体の知れないそれは頬を裂くようなニヤリとした口元で正面を向きながら
まるでこの世のものとは思えない笑顔で私に寄り添っていた
「きゃああああああ」
絶叫に似た悲鳴をあげると同時に
私はいつの間にか気を失っていた
朝、目覚めると
そこには深夜の出来事が嘘だったかのような、いつもの部屋が広がっていた
「夢だったのかも」
私はあたりを見渡しながらそう思い
日課のスライム狩りへと出かけることにした
ドアを開けようとした瞬間
後ろから微かに物音がしたような気がしたが
気のせいだろうと振り返ることはしなかった
そういえば昔、落葉の草原には大事な盾を失くした座敷童が彷徨っているという話を聞いたことがあった
なぜ急にそんなことを思い出したのかも分からなかったが、深夜に見た「何か」はもしかして、あの落葉の草原で見た女の子だったのかもしれない
あの時拾った盾を私が持って帰ってきたせいで、その女の子を私が引き寄せてしまったのだろうか
一瞬だったこともあり、消えた女の子の外見はよく見えていなかったが、言われてみればどこか似ている気もした
「座敷童なの?」
ふと頭をよぎったその問いかけも、スライムを500匹ほど狩っていくうちに薄れていた
自宅に戻ったのは日も暮れた頃だった
空腹を覚え、冷蔵庫を開けると私は息をのんだ
昨日作っておいたマジックスープがないのだ
食卓を見渡すと、一緒に食べようと思っていたアクロバーガーもない
一瞬、電気が走るような寒気を感じ、私は愕然とした
疲れているのだろうか、今日はもう早めに寝ようと
風呂に入りいつもより早くベッドに潜り込んだ
目覚めたのは、深夜2時だった
昨夜と同じようにどこからか例の物音が聞こえてきたのだ
ガサガサ
ガサガサ
恐怖を覚えながら私はこの物音が消え去るのを願った
しかし一向に消える気配はなかった
「なんなのよこれ」
止まない物音を聞きながら私は掠れた声で呟いていた
その時だった
不意に耳元で
「み・・・みっちゃ・・・ん」
背筋が凍るような感覚が私を襲った
物音などではない、確かに誰かの声が私へと向けられたのだ
声のするほうへ振り向く勇気はなかった
しかし、その声は再び耳元近くで私の名を呼んだ
「み・・・みっちゃん」
咄嗟に私は目をギュっと瞑った
あまりの怖さに全身が震えているのが自分でも分かった
「どうしようどうしよう」
声にならない声を漏らしながら、私は今にも涙が出そうになるのを我慢していた
すぐ後ろにいるであろう誰かの気配を感じつつ
どうにかこの状況が過ぎ去ってほしいと願うばかりだった
しかしそんな願いも空しく、私の名を呼ぶ声は続いていた
私は覚悟を決めた
「だ、誰!?」
振り向きざま乾いた声で私は叫んだ
その瞬間、目の前で大きな影が動いた
薄暗い部屋にギョロリと浮かぶ大きな目が二つこちらを見ていた
「だ、誰・・・?」
妖怪の類ではなく、生身のドワーフの男に見えた
枕元に立つその男は、どこか慌てた様子で私の名を呼んだ
「ごめんなさい、み、みっちゃん」
反射的に身構えた私を見て、男は更に続けた
「そんな怖がらないで」
「誰なの?」
口から言葉を振り絞る程度だったが、少し私は落ち着き始めていた
不気味な状態には変わりないが、妖怪でなく生身の男であれば話は別だ
「その、ただの・・・」
男はもごもごと口を動かし、少し言いよどんだ
「ただの何・・・?」
「・・・泥棒です」
「え?」
「昨日盗みに入ったら出られなくなって、その・・・」
男は申し訳なさそうな顔をしながら自分が泥棒だということを話し始めた
金目の物がありそうな家を探し、昨日たまたまここに忍び入ったらしい
目当ての物がなかったので出ようと思ったが何故か出られず、そのまま一夜を隠れて過ごしたのだと言う
今日私がスライム狩りへと出かけた後も玄関自体が封印されているかのように開かず、そうこうしているうちに私が帰宅し、結局また出られないまま夜を過ごしてるうちにさすがに困り果てて姿を現したということだった
私とは顔見知りでもなんでもなかったが、表札に「みっちゃん先生の家」と書かれてあったので、その名前を呼んで私を起こしたというのが男の言い分だった
「泥棒なんだ」
それはそれで許しがたい行為なのだが、妖怪の類に憑りつかれているかもしれないと思っていた私としてはどこか安堵していた
見ればまだ駆け出しの盗賊といったとこだろうか
「モンスター相手に盗みなさいよねー」
私の言葉に男は頭を掻きながら謝った
「ほんとすみません」
部屋の明かりを点け、私は男に家からもう出ていくように促した
特別な鍵で閉めていたわけではなかったので、何故1人でドアを開けれなかったのか不思議には思ったが、そんなことはもうどうでも良かった
玄関のドアを開けると、男は思い出したかのようにゴールドを渡してきた
「え?」
「アクロバーガーの代金です、すみませんでした」
そういえば食卓に置いてあったのがなくなっていたのを思い出した
「あぁ」
「足りますかね?」
「マジックスープ代が無いなあ」
笑いながらそう言った私に、男は
「食べたのはアクロバーガーだけなんで」
と、逆に訝しげな表情で私を見た
「冷蔵庫のマジックスープ飲んでないの?」
「冷蔵庫は開けてないです」
「・・・そうなんだ」
嘘をついている様子はなかった
「では、これで失礼します」
「あ、はい、もう来ないでね」
男は何度か頭を下げながら去って行った
冷蔵庫は開けてないという男の言葉は引っかかったが、もう確かめようの術もなかった
首を傾げながらドアのカギを閉めたその時、
「良かったね」
部屋を優しい声が包んだ
まるで女の子のような声がどこからか聞こえた
ふと私は落葉の草原にいた女の子を思い出した
もしかしたら本当にあの女の子は座敷童で、この家に棲みついているのかもしれないと思った
昨日の夢のような出来事や、マジックスープがなくなっていたことなど、盗賊の存在を私に教えようとしていたのだろうか
昨日はその気配にすら怯えていたが、そう考えると不意に心が温かくなった
「座敷童ってマジックスープ好きなのかなあ」
私はそう呟きながら笑みがこぼれていた
もしあのスープを飲んでて、気に入ってくれたのなら、今度はもっと美味しいのを作ろうと思った
「あ、もう朝だ」
気が付けば時計の針は6時を指していた
「スライム狩り行かなくっちゃー」
閉めたばかりのドアを開け、私は勢いよく玄関を飛び出した
ガサガサ
ガサガサ
後ろから聞き慣れた物音がしたが、わざと振り向かなかった
きっとそのほうがいつまでも居てくれる
そんな気がして
おしまい♪
=出演=
女の子(座敷童)役:アイリちゃん
盗賊役:そらちゃん